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千貫櫓と焔硝蔵

千貫櫓の歴史は、豊臣時代、さらにそれ以前この地にあった
本願寺(石山本願寺)の時代にまでさかのぼります。
この本願寺と織田信長との間で戦われた石山合戦の時、
この櫓を攻めあぐねていた信長軍が(銭千貫文も出してでも
奪いたい櫓だ)と語り合ったと江戸時代の戦記(武功雑記)
は伝えています。「千貫櫓」の名称はこれに由来すると
言われています。
天正8年(1580)本願寺を下した信長は、のちの大坂城本丸
にあたるところを重臣の丹羽長秀に預け、千貫櫓を一族の
織田信澄に預けました。2年後、本能寺の変が起こって信長が
明智光秀によって殺害されると、丹羽長秀は、光秀への加担が
疑われた織田信澄がこもる千貫櫓を攻撃しています。
このことは、秀吉築城以前の千貫櫓が、一軍の将の拠点と
なるだけの規模と重要性を持っていた事を示しています。

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これは火縄銃です

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「焔硝」とは硝石を精製して作った硝酸カリウムの事で、
これに硫黄と木灰とを混ぜ合わせると黒色火薬が出来上がります。
焔硝とはあくまで火薬の原料なのですが、江戸時代には完成した
火薬(合薬)をおさめた蔵の事を一般に焔硝蔵とよびました。

焔硝蔵は江戸城や二条城といった将軍の城をはじめ各地の大名
の城にもありましたが、江戸時代のまま残っているのはこの
一棟のみです。
壁、天井、床のすべてを石造りとした構造も他に全く
例がありません。

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by yuusuke-62 | 2016-04-28 08:39 | 街歩き | Comments(6)
Commented by hashiba511 at 2016-04-28 18:54 x
お城を見ていつも思うのは、動力もなかった時代、あのような石積みや建築物をどうやって作ったのか想像を絶します。
多くの犠牲者もでたことでしょうにね。
その意味でお城を見ると悲しくなります。

Commented by yuusuke-62 at 2016-04-28 19:58
hashibaさん、こんばんは。
僕もそう思っています。
4月11日のブログに載せています。確かな資料は
ありませんが、推測によりますと大きな石は小豆島、
小さな石は六甲から運んで来たようです。
最後から二番目の写真のように運んだと思われて
います。
Commented by Saas-Feeの風 at 2016-04-29 22:29 x
焔硝蔵のことはまったく知りませんでしたよ。
どこにあるのかさえ判りません。
詳しいお話しをありがとうございます。
次回の登城では必ず見学してきますね。
Commented by yuusuke-62 at 2016-04-30 07:37
Saas Feeの風さん、おはようございます
焔硝蔵は西の丸庭園にあります。
中はひんやりとしていましたね。
櫓内はガイドの方がいて写真も撮ってくれますし
解らないことがあれば教えてくれます。
Commented by golfun at 2016-04-30 10:09 x
おはようございます
日本の築城技術は素晴らしいですね。
重機の無い時代に高層ビルの天守閣建造に
巨石を積み重ねたのは驚きです。
一度は行って見たいですね。
Commented by yuusuke-62 at 2016-04-30 19:53
golfunさん、こんばんは
地元なのに知らない所が結構あります。
僕が子供の時は洞穴があったような記憶があります。
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